2017年 06月 20日
神ってるの意味 |
昨年の流行語大賞『神ってる』という言葉は、野球ファン以外の方々にとっては、一昨年の大賞『トリプルスリー』と同様に初めて聞いたという声も多く、疑問に残る結果であろう。野球好きの私にとっても、なじみはあるがライバル球団のカープから生まれたこの言葉を喜べない部分がある。ただ『神ってる』は、スポーツなどでの驚きの活躍を表すぴったりで新しい言葉だと思う。重くない語感も親しみやすくていい。そこまで私がこの言葉を評価するのも、私にもかつて『神っていた』経験があるゆえ、思うところがあるのだ。
私が小さい頃、1990年初頭はアメリカ横断ウルトラクイズなどをはじめとする素人参加クイズ番組の全盛期であった。能勢一幸さん、長戸勇人さん、永田喜彰さん、西村顕治さんなど、様々な番組のクイズ王の方々はは私のヒーローだった。中でも西村さんは、「アマゾン川で」とクイズが読み上げられただけで「ポロロッカ!」と即正答した伝説の持ち主だ。あの瞬間は今でいう『神って』いた。私も見ていて興奮した。あんな風になりたいと、胸をワクワクさせていた。
そんな私が夢をかなえられる時がやってきた。それは27歳の時。朝日放送のアタック25に出演が決まったのである。もちろん、予選会に二度ほどチャレンジして合格した結果だ。ただ、合格しても即出演が決まるわけではない。出演希望者リストのようなものにラインナップされるだけだ。若者大会だとか会社員大会などのテーマが毎週定められているので、それに敵った人にお声がかかる。しかもリストに載るのは1年間のみ。1年間出演依頼がなければリストから抹消され、また予選会から参加しなければならないのである。
出演が決まってからというもの、私は過去問や様々なクイズ書籍を購入して勉強をした。予選会のときもそれなりに勉強をしたが、その比ではない。仕事終わりは勿論、仕事中も手の空いた時にこっそり勉強。もし、思うような結果にならなくても清々しい気分でいられるように、クイズに向かい合った。あれほど勉強したのは社会人になって久々だった。
その中で気づいたことがある。世の中には様々な雑学があれど、クイズ出題向きの雑学があり、問題は殆ど使いまわしであるということだ。知識として得たときに、新しい発見と驚きのある雑学がクイズに採用されやすい。それさえ理解してポイントで頭に叩き込んでおけば乗り切れる、そう確信した。
そして当日。大阪・朝日放送のスタジオに赴き、私は番組に臨んだ。司会は当時ご存命だった児玉清さん。テレビで見る以上にダンディで背が高く、格好良かった。あれよあれよという間に収録が開始した。最初は緊張していたが、得意のアナグラム問題や個人サービス問題(一問は必ず答えられるように、出演者個々の得意分野から必ず一問は出題される)で正答し、順調にパネルを得た。しかし、オセロのルールをよく理解していなかったせいか、頓珍漢なパネル番号をコールしてしまい児玉さんに「個性的なパネルの取り方」とやんわり皮肉られてしまった。すると、その皮肉のショックで私はえらく傷つき、動揺してしまった。以降誤答を連発し、ペナルティのお休みを繰り返し、結果取ったパネルは他人に取られ、ほぼ消えたのである。
もう終わりだ。このままおとなしく指ていよう……私は諦めかけた。その時、番組は佳境のアタックチャンス問題に差し掛かっていた。「オフィーリアなど、シェークスピアの戯曲の登場人物の名を持つ衛星を擁する太陽系の惑星は?」問題が読み上げられたとき、自然と手が動いていた。「天王星!」私の回答の瞬間、スタジオに鳴り響く正答音。それで波に乗り、アタックチャンス取得後は連続正解し、ついに私は優勝を狙える枚数にまでなった。その時、私はまさに神っていた。結局優勝は逃したが、気分は清々しかった。
最近、クイズ王の西村さんについて調べていたら「ポロロッカ」の件について語っている文献があった。彼曰く、「『アマゾン川』だけでは多くの問題が考えられるが、『アマゾン川で』に続く問題の答えとして考えられるものは『ポロロッカ』しかない」のだという。あの瞬間は奇跡でもなく、西村さんの豊富な知識量がなせる当然の結果だったのだ。『神ってる』の当人・鈴木誠也選手も、練習の虫と言われるほどの努力家なのだという。私もそうだ。あの猛勉強がなければ、アタックチャンスのあの瞬間はなかったのである。
『神ってる』という言葉は、神懸っていると説明されることが多いが、私は『神が振り向いてくれている』ことなのではないかと自分なりに解釈している。きっと、努力していることを神様が見ていて、それが土台となって奇跡のように報われる、そんな神様からのご褒美なのだろうと私は思うのだ。 終
私が小さい頃、1990年初頭はアメリカ横断ウルトラクイズなどをはじめとする素人参加クイズ番組の全盛期であった。能勢一幸さん、長戸勇人さん、永田喜彰さん、西村顕治さんなど、様々な番組のクイズ王の方々はは私のヒーローだった。中でも西村さんは、「アマゾン川で」とクイズが読み上げられただけで「ポロロッカ!」と即正答した伝説の持ち主だ。あの瞬間は今でいう『神って』いた。私も見ていて興奮した。あんな風になりたいと、胸をワクワクさせていた。
そんな私が夢をかなえられる時がやってきた。それは27歳の時。朝日放送のアタック25に出演が決まったのである。もちろん、予選会に二度ほどチャレンジして合格した結果だ。ただ、合格しても即出演が決まるわけではない。出演希望者リストのようなものにラインナップされるだけだ。若者大会だとか会社員大会などのテーマが毎週定められているので、それに敵った人にお声がかかる。しかもリストに載るのは1年間のみ。1年間出演依頼がなければリストから抹消され、また予選会から参加しなければならないのである。
出演が決まってからというもの、私は過去問や様々なクイズ書籍を購入して勉強をした。予選会のときもそれなりに勉強をしたが、その比ではない。仕事終わりは勿論、仕事中も手の空いた時にこっそり勉強。もし、思うような結果にならなくても清々しい気分でいられるように、クイズに向かい合った。あれほど勉強したのは社会人になって久々だった。
その中で気づいたことがある。世の中には様々な雑学があれど、クイズ出題向きの雑学があり、問題は殆ど使いまわしであるということだ。知識として得たときに、新しい発見と驚きのある雑学がクイズに採用されやすい。それさえ理解してポイントで頭に叩き込んでおけば乗り切れる、そう確信した。
そして当日。大阪・朝日放送のスタジオに赴き、私は番組に臨んだ。司会は当時ご存命だった児玉清さん。テレビで見る以上にダンディで背が高く、格好良かった。あれよあれよという間に収録が開始した。最初は緊張していたが、得意のアナグラム問題や個人サービス問題(一問は必ず答えられるように、出演者個々の得意分野から必ず一問は出題される)で正答し、順調にパネルを得た。しかし、オセロのルールをよく理解していなかったせいか、頓珍漢なパネル番号をコールしてしまい児玉さんに「個性的なパネルの取り方」とやんわり皮肉られてしまった。すると、その皮肉のショックで私はえらく傷つき、動揺してしまった。以降誤答を連発し、ペナルティのお休みを繰り返し、結果取ったパネルは他人に取られ、ほぼ消えたのである。
もう終わりだ。このままおとなしく指ていよう……私は諦めかけた。その時、番組は佳境のアタックチャンス問題に差し掛かっていた。「オフィーリアなど、シェークスピアの戯曲の登場人物の名を持つ衛星を擁する太陽系の惑星は?」問題が読み上げられたとき、自然と手が動いていた。「天王星!」私の回答の瞬間、スタジオに鳴り響く正答音。それで波に乗り、アタックチャンス取得後は連続正解し、ついに私は優勝を狙える枚数にまでなった。その時、私はまさに神っていた。結局優勝は逃したが、気分は清々しかった。
最近、クイズ王の西村さんについて調べていたら「ポロロッカ」の件について語っている文献があった。彼曰く、「『アマゾン川』だけでは多くの問題が考えられるが、『アマゾン川で』に続く問題の答えとして考えられるものは『ポロロッカ』しかない」のだという。あの瞬間は奇跡でもなく、西村さんの豊富な知識量がなせる当然の結果だったのだ。『神ってる』の当人・鈴木誠也選手も、練習の虫と言われるほどの努力家なのだという。私もそうだ。あの猛勉強がなければ、アタックチャンスのあの瞬間はなかったのである。
『神ってる』という言葉は、神懸っていると説明されることが多いが、私は『神が振り向いてくれている』ことなのではないかと自分なりに解釈している。きっと、努力していることを神様が見ていて、それが土台となって奇跡のように報われる、そんな神様からのご褒美なのだろうと私は思うのだ。 終
by wakakoguutara334
| 2017-06-20 19:39